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福岡高等裁判所 昭和31年(ネ)545号 判決

控訴人 岡原直八

被控訴人 熊本国税局長

訴訟代理人 川本権祐 外四名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。控訴人が昭和二六年度所得についてなした審査請求に対し、被控訴人熊本国税局長が昭和三〇年四月二五日付を以てなした総所得額を金一二、四〇八、五〇〇円とする旨の決定中、金九、五二六、〇〇〇円を超過する部分を取消す。控訴人が昭和二七年度所得についてなした審査請求に対し同控訴人が昭和三〇年四月二六日付を以てなした総所得額を金七、三九八、四〇〇円とする旨の決定中、金三、二一二、三二八円を超過する部分を取消す。控訴人が昭和二八年度所得についてなした審査請求に対し、同被控訴人が昭和三〇年四月二六日付を以てなした審査請求を棄却する旨の決定を取消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」という判決を求め、被控訴代理人は主文と同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述並びに証拠の提出認否は、控訴代理人において「原判決四枚目裏六行目及び七行目に控訴人の陳述として『右標準率が熊本国税局管内の古地金卸販売業者に関する営業売上の利益歩合の平均を示す数字であることは認める』とあるのは、同国税局において算出した所得標準率であることを認める趣旨であつて、その標準率が適正のものであることを認める趣旨ではない。右所得標準率は一般人が参与しないで、熊本国税局だけで作成した部外に発表されないものであつて、たとい納税者が帳簿類を備えてないとしても、このような非公開の所得標準率を適用して課税することは、憲法第一四条、第三〇条に違反するものである」と陳述し、証拠として新たに、甲第一号証の一ないし三、第二号証の一、二、第三号証の一ないし三、第四号証の一、二、第五、六、七号証の各一ないし三を提出し、当審における証人山本賢、永松英之、城崎春雄の各証言及び控訴本人尋問の結果を援用し、被控訴代理人において「所得標準率に関する控訴代理人の前記棟述は、原審における自白を撤回するものであるから異議がある」と述べ、甲号各証の成立を認めた外、いづれも原判決に摘示するところと同一であるからこれを引用する。

理由

控訴人は屑鉄地金類の卸販売を業とする古物商であること、控訴人は昭和二六年度、同二七年度、同二八年度の各所得税について熊本税務署長に対しその主張のような確定申告をしたところ、同税務署長はそれぞれ控訴人主張のような更正決定をしたこと、そこで控訴人は該決定を不当として被控訴人に審査請求をしたところ、被控訴人はそれぞれ控訴人主張のような審査決定をなし、その旨控訴人に通知したことは当事者間に争がない(なお、控訴人が再調査の請求を経ないで右審査請求をしたのは、所得税法第四九条第一項、第四八条第一項但書の規定に基くものであることについても当事者間に争がない。原審第一回準備手続調書参照)。次に、控訴人の右各年度の営業上の総売上高及び事業所得を除くその他の各所得額が、それぞれ控訴人主張のとおりであること並びに被控訴人の本件審査決定においては、右各年度の事業所得額の決定については、実額算定の方法によらず、熊本国税局において作成した被控訴人主張の所得標準率を適用して推定課税の方法によつて所得額を算定したものであることは、当事者間に争のないところである。そして被控訴人がこのような方法で算出決定した本件事業所得額の当否如何が本訴の主要な争点である。

ところで、原審証人西村行夫、原審及び当審証人山本賢の各証言並びに原審及び当審における控訴本人尋問の結果によれば、控訴人は熊本県下における有数の屑鉄地金類の卸商であるが、売上帳、仕入帳その他営業上の収支を記載した帳簿書類を備付けてないのみならず、熊本国税局係員の調査質問にも非協力的で、他に事業所得の調査資料がないため、被控訴人は右国税局係員をして控訴人の屑鉄地金類の販売先につき調査させて判明したものだけを集計して、前記各年度の控訴人の総売上高を算定し(この総売上高は控訴人も本訴においてはこれを認め自らこれを主張していることは前示のとおりである)、これに熊本国税局において作成した所得標準率を適用して各年度の事業所得額を決定したことが認められる。

元来、所得税の課税標準たる所得額は、収入金額及び必要経費の実額を計算してこれを決定するのが原則であるが、収入及び支出を明らかにすべき営業上の帳簿書類がなく実額算定ができない場合には、収入もしくは支出の状況又は事業の規模等により所得額を推計することができることは、当時の所得税法第四六条の二、第三項の規定(現行所得税法第四五条第三項と同旨)によつて明らかである。それ故本件のように総売上高に所得標準率を適用して所得額を推計することも、その推計方式が合理的である限りはもとより適法であつて、その推計の結果を争うものにおいて反証を提出すべきものといわなければならない。そしてこのような合理的推計方式による所得額の認定が、憲法第一四条、第三〇条に違反するものでないことは多言を要しないところであつて、この点に関する控訴人の主張は全く理由がない。

そこで、本件所得標準率による所得額の推計方式の合理性について検討しよう。(被控訴人は、控訴人が原審口頭弁論において、本件所得標準率は熊本国税局管内の古地金卸販売業者に関する営業売上の利益歩合の平均を示す数字であることは認めると陳述したのは、右標準率が適正のものであることを認める趣旨ではないと釈明したのに対し、それは原審における自白を撤回するものであるとして異議を述べたのであるが、控訴人の原審における右陳述は、本件所得標準率が適正のものであることを認めたものではなく、かえつてその適正を争つていることは記録上明らかであるから、被控訴人の異議は理由がない)。成立に争ない、乙第一、二、三号証の各一、二及び前記証人西村行夫の証言に本件所得標準率の作成方法に関する当事者双方の弁論の全趣旨(記録七〇丁裏、四六丁以下及び九三丁各参照)を斟酌すると、本件所得標準率は、熊本国税局が管内各県の税務署に指示して商工庶業者を対象とし、その業種、地域、規模等により個々の業者の中から無作為抽出法により抽出した者の当該年度における事業上の収支の実態を調査して、その収入金額(売上高)から減価償却費を含む必要経費を控除して得た所得額の収入金額に対する割合に関する資料を集め、これを集計して業種別に平均率を算出し、更に国税庁においてこの平均率を他の国税局の平均率と比較検討した上認可した業種別所得標準率のうち、古地金卸業者に関するものであつて、その率は昭和二六年度分は二六%、昭和二七年度分は一九%昭和二八年度分は一八%である。従つて総売上高に右所得標準率を乗じて得た額が所得額となるわけであるが、この標準率は同種業者間の平均率であるから、営業規模の大小によつてはこの所得標準率により算出した所得額が実際よりも過大又は過小となる場合もあるので、当該納税義務者の営業の規模等の実情を勘案して、所得標準率にその二〇%以内の増減修正を加え、事情によつては更にその修正所得標準率によつて算出した額から適当と認められる特別経費を控除して所得額を算定せんとするものである。それ故右所得標準率による推計方式は、該標準率の作成方法及び推計方式の内容からみて一応合理的であると認められる。そして被控訴人の本件審査決定は、昭和二六年度の事業所得については同年度の所得標準率二六%からその二〇%を減じた修正所得標準率二〇、八%を、昭和二七年度の事業所得については同年度の所得標準率一九%からその一〇%を減じた修正所得標準率一七、一%を、昭和二八年度の事業所得については同年度の所得標準率一八%を、それぞれ控訴人主張の当該年度の屑鉄地金類の総売上高に乗じて得た額から、控訴人主張の雇人費及び地代を控除し、昭和二八年度分については更に控訴人主張の水害による商品の損金をも控除して右各年度の事業所得額を決定したことは、本件口頭弁論の全趣旨に徴し明らかであつて、前示証人西村行夫の証言に本件口頭弁論の全趣旨を斟酌すれば、被控訴人は右各年度における控訴人の営業規模等の実情を調査勘案した上、右認定のとおり昭和二六年度及び昭和二七年度については所得標準率にその実情に相応する減率修正を加え、更に雇人費及び地代を控除したものであり、昭和二八年度は控訴人の営業規模が縮小していたので所得標準率には修正を加えなかつたが、なお雇人費、地代及び水害による商品の損金を控除し、以て推計の結果を能う限り実情に適せしめるよう配慮したことを認めることができる。

控訴人は、本件所得標準率は控訴人のような営業規模の大きい業者には適合しない不合理なものであるから、売上高に対する荒利益の歩合及び営業計費を具体的に調査した上所得額を認定すべきものであり、控訴人の売上高に対する荒利益の歩合は、昭和二六年度分〇、二〇、昭和二七年度分〇、一二、昭和二八年度分〇、一八が相当であると主張する。しかし本件所得標準率による推計方式はすでに説明したとおり、納税義務者の営業の実情を勘案しその規模の大小に応じて所得標準率に所要の修正を加え、特別経費をも控除することにしているのであるから、大規模の業者に対し不合理なものとはいえない。又成立に争のない甲号各証中の控訴人以外の同種業者の損益計算書をみるに、これに記載している売上高には屑鉄類以外の古物の売上高をも合算したものや、屑鉄類だけの売上高であるかどうかが不明なものがあり、年度の始期も業者によつて区々に分れているのみならず、甲第一号証一、二の業者は当審証人永松英之の証言によつて明らかなように、昭和二六年度及び昭和二七年度の所得申告は過小申告として更正決定を受けているので、右各年度の損益計算書の記載をそのまま信用することができないし、他の業者の損益計算書についてもその記載を信用するに足る資料がないので、これらの損益計算書によつて屑鉄類の売上高に対する荒利益の歩合を正確に算出することは困難である。仮に全部の売上高を屑鉄類の売上高として荒利益の歩合を算出し、年度のいずれを勘案して各業者の同一年度の荒利益の歩合を比較してみると、各業者間の歩合に甚だしい開きがあることが認められるのであつて、右甲号各証その他控訴人援用の証拠によつては、本件所得標準率による推計方式が、控訴人程度の業者に対し不合理なものであるとも、又控訴人主張の荒利益の歩合が適正のものであるとも認めることができない。なお、雇人費及び地代以外の控訴人の主張する経費についてはこれを認むべき証拠もない。従つて控訴人主張の方法によつて事業所得額を算定することは不可能である。

そこで本件各年度の前示修正所得標準率又は所得標準率並びに当事者間に争のない右各年度の控訴人の総売上高、雇人費、地代及び水害による商品の損金に基き、前説明の推定方式に従い控訴人の各年度の事業所得額を算出すると、被控訴人主張の額になることは算数上明らかであるから、該所得額の決定を違法とする控訴人の本訴請求はこれを棄却しなければならない。

よつて右と結果を一にする原判決は結局相当であつて本件控訴は理由がないから、民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 竹下利之右衛門 小西信三 岩永金次郎)

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